【クリスマス・キャロルから読み解く、会計の二面性】

経理・会計

経理ブロガーのふるとりと言います🐓

会計の基礎教育が、2022年度から義務教育で実施されるようになりました。

会計の知識は全社会人にとって必須のスキルです。

なので教育がこのような方向に進んでとても嬉しいです。

そんなときだからこそ、

大人の人にも是非会計の知識を学んでほしいと考えています。

しかし、一見すると専門的で小難しい言葉が沢山並んでいて勉強しようとすると嫌な気分になる気持ちもわかります。

なので今回は、歴史歴名著を会計の視点を交えて説明していきたいと思います。

この記事を読むと・・・

会計の2面性を理解し、それを上手に駆使すれば強力な武器になることを知れる

『クリスマス・キャロル』を会計という違った視点から楽しむことができる

クリスマス・キャロルの名前を、一度は聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。

今回は名著であるこの作品を、会計の視点を交えて解説していきます。

ディケンズの生い立ち 

クリスマスキャロルについて話す前に、

著者であるチャールズ・ディケンズ(1812-1870)について書きます。

ディケンズを一言で表すならば、『努力の人』につきます。

まず何より、その経歴がすごい。幼少期にこれだけの経験をしてきてよく周りのせいにしなかったなと感心するばかりです。

一生で1つの作品でもヒットさせれば凄いのに、

『オリバー・ツィスト』

『大いなる遺産』

『リトル・ドリット』

『デイビット・コパフィールド』

などたくさんの作品をヒットさせています。19世紀、イギリスを代表する国民的作家と言えるでしょう。

そしてその作品には、著者の考え方や生い立ちが大きく影響を受けています。

ディケンズの生い立ちを見つめ直すことで、

作品という「カキフライ」に対してディケンズが何を考えていたのかを知ることができるのです。

これは先日他の記事で書きました「カキフライ理論」に通じることですので、

まだの方はこちらを参考にしてもらいたいです。

ディケンズの父親、ジョン・ディケンズは海軍経理局に働く会計士でした。

そして母親のエリザベスは、海軍経理局の重役の娘で裕福な家系出身でした。

両親がいずれも会計に関わっており、ディケンズにとって会計が小さい頃から身近な存在であったということがわかります

裕福な家系であり、両親が会計に精通している。

このことから、恵まれた家庭生活であり小さい頃から英才教育を受けたいたのだろうと想像されます。しかし、実際は全然違っていました。違うどころか真反対だったのです。

・父が職を失い、借金を背負った上に監獄に収監される

・母の父、つまりディケンズの祖父が1810年に職場の金を横領していたことが発覚

・ディケンズ自身も、父の債務返済のため12歳から靴墨工場で働かなければならなかった。

・慣れない労働をしなければならない上に、収監された人の息子ということで差別を受ける

どれ1つ取っても大きな出来事だと言えますが、これらのことが幼少時のディケンズに

同時に起こりました。

暫くして祖母の遺産が転がり込んで働く必要は無くなったみたいですが、

このことはディケンズの思想形成にとても大きな影響を与えました。

ふるとり
ふるとり

とっても壮絶な人生。よく諦めないでこんなに努力したね。

実際『リトル・ドリット』の舞台は、父の収監されていたマーシャルシー債務監獄が舞台となっています。

そして『デイビット・コパフィールド』や『クリスマス・キャロル』にも会計士や経理が多く登場しているのです。

ときには善意だが不運な人として、ときには悪意に満ちた強欲な人間として。

ではクリスマスキャロルにおいて、

会計がどのような役割を果たしていたのかを見ていきましょう。

善と悪- 会計がもつ2面性とは

主人公はケチで冷酷で人間嫌いのがりがりの老人であるスクルージ

12月24日で世間はクリスマス騒ぎの真っ最中。お祝いの雰囲気がロンドンの街を包み込んでいました。

そんなお祝いもいざしらず、スクルージは事業に大忙し。

クリスマスにお祝いなんかしても1円も儲からないし、

その時間で仕事ができたなと考えると、損としか言えないじゃないか?

一緒に祝いに来てくれた甥を突き返し、

薄給で働く書記のボブ・クラチットには明日休みを取ったことに対して嫌味をつき、

挙げ句の果てに貧困者に対する寄付金の依頼に来た人に対して、

「税金ならきちんと払っている。監獄や救貧院もきちんとあるのにそれを拒否する奴らなんて

死んでしまえばいい。余計な人口も減るわけだし。」

と言って突っぱねてしまいました。

ぴよ
ぴよ

なんだかスクルージは人情がなく、お金儲けに貪欲な人だね。

スクルージは居酒屋で食事をして、新聞を読んで暫く通帳を眺めた後に寝床へと帰りました。

彼はかつての共同経営者であった、マーレイの住居で暮らしていました。

マーレイは7年前のこの日に無くなっていました。

とても古びた建物であり、

スクルージ以外の住まいは貸事務所にしてあったため、夜中に人は誰もいませんでした。

普段と変わらない帰路、家の様子、

ただ家の戸のロッカーに、一瞬マーレイの幻影が確認できたことを除いて。

しかし幻影は一瞬で消え、彼は無事に自分の部屋にたどり着きました。

だがあれは紛れもしない、ありし日のマーレイの顔だった。

夢でみた人物の詳細の顔は思い出せなくても、絶対あの人だったと確信している時のように。

部屋に戻ると、いきなり部屋の呼び鈴が鳴り出し何者かが階段を登ってくる音が聞こえました。

そしてそこに姿を現したのは、他の誰でもないマーレイだったのです。

マーレイが亡霊となって姿を現したのです。

よくよく姿を見てみると、

長い鎖が腰の周りにからみついてしっぽのように、ぐるぐる巻き付いていた。

それは、鋼鉄製の銭箱や鍵や錠前や台帳や証券や思い財布でできていた。

ここに、ディケンズの会計に対する一面を知ることができます。

現世であくせくお金稼ぎだけをして何になるのか。

あの世ではお金はもっていけないし、

それが足枷となり助けられたであろう人も助けられなかったのだ。と

亡霊マーレイとスクルージの対話シーンが続きます。

「鎖につながれておいでなのは、どういうわけか、お話しください。」

とスクルージは震えながら言った。

「これは生きている時に自分で作った鎖なんだ。それに今つながれているんだ。」

と幽霊が答えた。そして

「鎖の環の1つずつ1つずつ、1ヤードまた1ヤードを、我とわが手で作ったのだ。

私はその鎖を自分から進んで巻きつけたのだ。自分で好んで身にかけたのだ。」

今のままの生活を続けていれば、スクルージに待っているのはマーレイと同じ生活

いや、マーレイよりも長く生きた分を加えた死後の地獄が待っているだろうと亡霊から伝えられます。

そうなりたくなければ明日から1日ごとに現れる、亡霊に会い考え方を改めよ。と

そして翌日からスクルージは

過去・現在・未来を表す亡霊と遭遇していく中で、

①お金儲けばかりを追求することの愚かさ

②人と触れ合ったり、お金にならないことをする時間はこんなに気持ちが良いことだったのか

と知っていくようになります。

特に、物語後半の考え方を改めたスクルージの世界の見え方の変化がとても印象に残っています。

考えを改めたスクルージにとって、何気ない教会の鐘の音や散歩をすること、周りの人を喜ばせることの楽しさがいかに楽しいことなのかを知った瞬間でした。

まとめ

会計は使い方次第で善にも悪にもなる。

クリスマス・キャロルには、自身の体験も踏まえた会計に対するディケンズの考え方が示されています。

彼の元で働く書紀のボブ・クラチットは善意の人であり、

薄給に満足しながらも忠実に帳簿をつけ勤勉に働いている。

一方で、

マーレイや最初のスクルージは人間味がなく強欲な守銭奴・悪意ある人として描かれている。

マーレイは7年前に亡くなったが、現世で散々あこぎなことをしたせいで地獄に落ち罰を受けている。

彼は鎖に繋がれているが、その鎖は他の誰でもない自分自らで現世で作ったものなのだ。

スクルージが同じ将来になりたくないならば、

今すぐ考え方を改めクリスマスには善行をして

帳尻を合わせなくてはいけない。

本作を通じて、会計は使う人次第で善意にも悪意にもなりうるということがわかります。

マーレイの亡霊と3人の亡霊との出会いを通じて、スクルージが考え方を改めていく

姿は、お金儲け一辺倒のあり方の問題点をユーモアを交えて説明してくれている素晴らしい作品であることがわかります。

ふるとり
ふるとり

最後まで読んでくれてありがとう。これからも会計の魅力を伝えていくよ。

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